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東京高等裁判所 昭和53年(う)1582号 判決

主文

1  原判決中被告人を有罪とした部分を破棄する。

2  被告人を懲役四月および罰金二万円に処する。

3  原審における未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。

4  この裁判が確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

5  右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

6  押収してある指輪一個を被害者前田初枝に、指輪一個およびネックレス一個を同大江しもに、指輪一個およびペンダント二個を同小澤ハルミにそれぞれ還付する。

7  原審ならびに当審における訴訟費用中、原審において証人A、同豊田正二郎、同岡田福子、同大友正志、同戸上輝雄、同山川好子(ただし昭和五二年九月一三日および同年一〇月二〇日に支給した分)に支給した分の各二分の一、当審において証人戸上輝雄、同獅子野信夫に支給した分の各二分の一をいずれも被告人の負担とする。

8  本件公訴事実中、被告人が昭和五〇年七月中旬ころ自宅においてAからネックレス一個をそれぞれ盗品であることを知りながら二〇〇〇円で買受けたとの点(追起訴状記載第二、ただし原審第二回公判において訴因変更がなされている。)、同年一〇月二五日ころ同所において同人からカセットラジオ一台をそれが盗品であることを知りながら一万円で買受けたとの点(起訴状記載第二)、同年一二月下旬ころ同所において同人からカセットテープレコーダーをそれぞれが盗品であることを知りながら五〇〇〇円で買受けたとの点(追起訴状記載第四)につき、被告人はいずれも無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高見澤昭治、同高橋利明、同田岡浩之が連名で提出した控訴趣意書および控訴趣意補充書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点について

所論は、原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があるから破棄されるべきであるとし、原判決は被告人が原判決添付の犯罪一覧表のとおり前後六回にわたってAから賍物の故買をしたとの事実を認定しているが、右事実認定の証拠とされているAの原審における証人尋問調書および検察官に対する各供述調書は、その内容が不合理、不自然であって全く信用することができないものであるから、これを証拠とした原審の事実認定は誤りである、というのである。

そこで、原審記録ならびに証拠物を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせて判断すると、原判決が認定した各賍物故買の事実につき、被告人は捜査段階から公判に至るまで一貫して犯行を否認しているけれども、原判決が証拠として挙示している証人Aに対する原裁判所の尋問調書、同人の検察官に対する供述調書二通(そのうち一通は謄本。以下においては、右尋問調書および各供述調書の記載内容を合わせて単にA供述という。)によれば、右Aは、原判決添付の犯罪一覧表(以下単に一覧表という。)に記載されている各物品をそれぞれ他から窃取した後一覧表記載のとおり被告人に売り渡したとし、その窃取あるいは売り渡しの日時、場所、状況などにつき、検察官に対しても、公判準備における証人としても、詳細かつ具体的に供述しているのであり、右供述のうち物品窃取の点については原判決の挙示する各被害届謄本、各被害者の供述調書などの裏づけ証拠が存在すること、右一覧表記載の各物品が被告人方から捜索差押により押収されあるいは被告人の任意提出により領置されていると一応認められること、右の各物品が被告人の自宅内にあったことについて、被告人は種々の理由を述べているが、捜査の過程において供述を大きく変えている点もあり、必ずしも一貫しておらず、にわかに信用し難いとみられることなどの諸点を総合すれば、原判決がその挙示する証拠によって原判示の罪となるべき事実を認定したのは相当であるようにも考えられる。

しかしながら、A供述の信用性についてさらに吟味検討すると、Aは被告人の長男Tの友人であり、右両名は中学のころ同級生であって、高校は別々の学校に入ったが、高校入学後も互いの家に行き来していたことは各証拠から客観的に明らかなところ、A供述によれば、最初に被告人に盗品を売ったのは高校一年の時の昭和四九年一〇月ころであり、指輪三個とブローチ二個を、Tの部屋でTもいるところで、被告人に対し、盗んで来たものだけれど買ってくれませんかと言ったところ、被告人はびっくりすることもなく虫めがねで調べたりして四〇〇〇円で買ってくれたうえ、同じところであまりやるなとか、聞かれても被告人の名前を出すなとかの注意をうけたというのであり、右供述内容は、被告人が昭和二八年から自衛官として勤務している者であり、これまで前科も全くないことなどを合わせ考えると、いささか納得し難いものがあるといわなければならない。また、A供述によれば、二回目の時は、盗品のネックレスを自分の首にかけていたところ、被告人から、いい物をしているな、売りなさいと言われ、盗んだ物だと言ったがむりに売らされたというのであり、さらにその後も、Tの部屋で被告人に盗品を何回も買ってもらったうえ、被告人から、ダイヤモンドが欲しいと言われガラス切りを貸してもらったり、指紋を残さないようにしろとか手袋を使えとか言われたというのであって、これらの供述内容も、現職の中堅自衛官である被告人の言動としてあり得ることかどうか、少くとも疑問をさしはさむ余地があるといわなければならない。

右のとおり、A供述については、その供述内容自体においても信用性に疑いを抱くべき点があるとみられるところ、当審における事実取調の結果によれば、A供述の信用性についてさらに一層疑問が深まったということができる。即ち、当審第四回、第一三回、第一八回各公判において、証人Tは、その父である被告人が家にいる時は友人のAを家に上げたことがなく、被告人とAとが直接話をしたことは一度もないこと、昭和五〇年七月中旬ころ、同年一〇月中旬ころ、同年一〇月二六日ころのそれぞれにおける自分とAとの行動状況からしても、右の各日時ころ山川がネックレス、指輪などを被告人に売るということはあり得ないこと、押収されているアイワ製カセットラジオおよびゼネラル製テープレコーダーは、いずれも昭和五〇年一〇月下旬ころ自分がAから預ったものであること、昭和五一年二月一七日か一八日ころ、Aがやって来て、両親がけんかをし母が家を出るのでこれで二万円貸してくれといい、封筒に入れた品物を渡されたので、その話を本当のことと思い、父に頼んで二万円を出してもらいそれをAに渡したこと、押収されている指輪やネックレスはその時の品物と思うことなどの諸点を明確に証言しているのである。右Tは被告人の長男であって、Aとは非行仲間でもあり、しかも、当審に至ってから初めて証人として出廷したものであるから、その供述の信用性については、A供述以上に慎重な検討を必要とするというべきであるが、(イ)右Tは、アイワ製ラジオやゼネラル製テープレコーダーをAから預ったことを、昭和五一年三月二九日司法警察員の取調べをうけた際に供述し、その後同年三月三一日および九月六日にそれぞれ検察官の取調べをうけた際にも供述していることが、当審第一〇回、第一三回各公判における証人獅子野信夫の証言ならびに当審で証拠物として取調べたTの各供述調書によって明らかであること、(ロ)また、Tは、前記のように、Aから封筒に入った指輪やネックレスなどを受取り、これを父に渡して二万円出してもらいAに交付したということを、昭和五一年四月一八日司法警察員の取調べをうけた際に供述し、同年九月六日検察官の取調べをうけた際にも供述していることが、前記獅子野証言ならびにTの各供述調書によって明らかであること、(ハ)さらに、Tは、昭和五〇年一〇月一〇日は一日中試験勉強をしており、翌一一日の午前中は学校で試験があり、午後帰宅してからAが遊びに来たので一緒に中野サンプラザに行き、麻丘めぐみリサイタルの切符を買い、同日夜そのリサイタルを一緒に見てからAと別れたものであり、翌一二日は一日中試験勉強をしていたのであって、一〇月一一日ころにAが父に指輪などを売ることはあり得ないと証言しているのであるが、右証言を裏づけるものとして、当審で取調べた麻丘めぐみリサイタル入場券、山本克典作成の年間行事等に関する回答書などがあること、(ニ)Tは、昭和五〇年一〇月二六日の夜から三泊四日の日程で青森方面に修学旅行に出かけたが、出発当日である二六日の午後にはAの家に行って上衣やズボンを借りたりし、また、同人と共に旅行に必要な物を買ったりしているのであって、その日にAが父に指輪などを売ることはあり得ないと証言しているのであるが、右修学旅行のことは前記山本克典作成の回答書によって裏づけられていること、以上のような諸点からすれば、原審段階の途中でAが病死したため、当審においてさらにAとTあるいは被告人とを対質させることができず、T証言について直ちに全面的に信用することはできないにしても、同証言の信用性を一概に否定することも相当ではないというべきであり、そのことは同時に前記A供述の信用性に相当の疑問を抱かせる理由になるものといわなければならない。また、A供述によれば、Aは昭和五〇年一〇月二五日国立市内の大江方に入ってアイワ製カセットラジオ一台、指輪二個、ネックレス一個を盗み、その日の午後被告人方に行って右ラジオを被告人に一万円で売り、翌二六日Tと共に立川の「ふじみ」という質屋に行き右指輪とネックレスを売ろうとしたが、親か女の人と一緒に来なければ買えないと断られたため、被告人方に赴いて被告人にそれらを三万円で売ったというのであるが、当審第九回、第一〇回各公判において証人戸上輝雄は、本件ならびにAの窃盗被疑事件の取調の過程において、Aから右のような供述を得たので、その裏づけのために立川市内の質屋や古物商に赴いたが、店の人は全く覚えがないというので裏づけが得られなかった旨証言しており、このこともA供述の信用性を疑うべき一理由になると考えられる。

以上のとおりであるから、原審記録ならびに証拠物を調査検討し、当審における事実取調の結果をも総合してみれば、A供述の信用性については相当の疑問があるといわなければならない。

そこで、さらに進んで、原判決が有罪と認定した各事実につき、個別的に証拠関係を再検討すると、先ず、一覧表の番号1についてみれば、Aが昭和五〇年五月一三日ころ国立市内の清水敏二方においてプラチナ製ネックレス一個を窃取したことは各証拠から明らかであるところ、Aは、右ネックレスを同年七月中旬ころ被告人に対し盗んだものであることを告げて二〇〇〇円で売ったとし、被告人から任意提出されたネックレスがそれであると述べているのであるが、前記のとおりA供述の信用性には相当の疑問があるうえ、被害者の清水道子は右任意提出にかかるネックレスについて、自分の盗まれた物に良く似ているが断言はできないと供述していること(同女の司法警察員に対する供述調書)、被告人は、右ネックレスにつき、昭和四八年ころ妻の弟であるBと共に昭島公民館で開かれた古物市に行き、そこでBが買ったのを自分がさらに譲り受けたものであると述べ(捜査段階ならびに公判廷における供述)、原審における証人Bも右に添う供述をしていることなどをも総合してみれば、右被告人の供述をそのまま措信することはできないとしても、番号1の賍物故買事実を認定するについては、合理的な疑いが残り、証拠が必ずしも十分ではないというべきであるから、原判決は事実を誤認したものといわざるを得ない。

次に、一覧表の番号2についてみると、Aが昭和五〇年七月八日ころ国立市内三浦荘の小澤ハルミ方居室において指輪一個、ペンダント二個等を窃取したこと、右指輪ならびにペンダントは被告人から任意提出され原審において証拠物として取調べられたものであることはいずれも証拠上明らかというべきところ、Aは、右指輪やペンダントを窃取後あまり日が経たないうちに被告人に四〇〇〇円で売却したと述べているのであるが、A供述の信用性について相当の疑問があることは前記のとおりであり、被告人は、本件の捜査段階の途中以降、「昭和五一年二月中旬ころ、長男のTから、Aの両親がけんかをし母が家出をするのでこれで二万円ほど貸してほしいとAに頼まれたとの話を聞き、封筒の中に入った指輪やペンダントなどを見せられたので、Tに二万円渡したのであって、証拠物の指輪およびペンダントはその際に預ったものである。」と述べていること、当審においてTも、前記のとおり、右被告人の供述に合致する証言をしていることなどをも総合してみれば、右番号2の賍物故買事実を認定するについても、合理的な疑いがあり、証拠が不十分というべきであるから、原判決は事実を誤認したものといわなければならない。

一覧表の番号3についてみると、Aが昭和五〇年一〇月一〇日ころ国立市内の前田光久方から指輪二個およびネックレス一個を窃取したこと、右のうち指輪一個は被告人から任意提出され原審において証拠物として取調べられたものであることは証拠上明らかというべきところ、Aは、右の指輪やネックレスを盗んだ翌日ころ被告人に一万円で売ったと述べているのであるが、前記のようにA供述の信用性には相当疑問があること、Tは、前記のように一〇月一一日前後ころの行動について証言し、Aがそのころ父に指輪などを売ることはあり得ないと述べていること、右証拠物の指輪について、被告人は、前記のように、昭和五一年二月中旬ころAからTを通じて預った品物の一つであると述べ、Tもそれに添う証言をしていることなどの諸点をも総合すれば、右番号3の賍物故買の事実を認定するについても、合理的な疑いが残り、証拠不十分というべきであり、この点においても原判決は事実を誤認したものといわなければならない。

次に、一覧表の番号4についてみると、Aが昭和五〇年一〇月二五日ころ国立市内大江松次方において指輪二個、ネックレス一個、アイワ製カセットラジオ一台を窃取したこと、右のうちカセットラジオは被告人方から捜索差押によって押収され原審で証拠物として取調べられたものであることは証拠上明らかというべきところ、Aは、右ラジオを盗んだ日の午後被告人に一万円で売ったと述べているのであるが、前記のようにA供述の信用性には疑問があること、Tは、前記のように、右ラジオをAから預ったものであると証言し、被告人の捜査段階から公判に至るまでの供述ならびに当審における証人Y子の証言も右Tの証言に添うものであることなどをも総合して考えれば、番号4の賍物故買の事実を認定するについても合理的な疑いがあり、証拠不十分というべきであって、原判決は事実を誤認したものといわなければならない。

一覧表の番号5についてみると、番号4について述べたとおりA、が大江方から指輪やネックレスを窃取したこと、そのうち指輪とネックレス各一個は被告人から任意提出され原審において証拠物として取調べられたものであることは証拠上明らかなところ、Aは右指輪やネックレスを盗んだ日の翌日ころ被告人に三万円で売却したと述べているのであるが、右A供述の信用性に疑問があることは前記のとおりであり、特に、一〇月二六日の行動についての前記Tの証言やA供述の裏づけ捜査の状況についての前記戸上証言などからすれば、右A供述をそのまま信用することはできず、被告人は、右証拠物につき、前記のように、昭和五一年二月中旬ころTを介してAから預った品物の一部であると述べ、Tもこれに添う供述をしていることをも合わせ考えれば、番号5の賍物故買の事実を認定するについても、合理的な疑いがあり、証拠不十分というべきであって、原判決は事実の認定を誤ったものといわなければならない。

最後に、一覧表の番号6についてみると、Aが昭和五〇年一〇月三〇日ころ立川市内のマルク商事店舗においてゼネラル製カセットテープレコーダー一台を窃取したこと、右テープレコーダーは被告人方から捜索差押によって押収され原審において証拠物として取調べられたものであることは証拠上明らかなところ、Aは、右テープレコーダーを同年一二月下旬ころ被告人に五〇〇〇円で売ったと述べているのであるが、前記のとおりA供述の信用性には疑問があること、Tは、前記のように右テープレコーダーをAから預ったものであると証言しており、被告人の捜査段階から公判に至るまでの供述も右Tの証言に添うものであることなどをも総合して考えれば、番号6の賍物故買の事実を認定するについても、合理的な疑いがあり、証拠が十分ではないというべきであって、原判決は事実を誤認したものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原判示の各事実について事実誤認をいう論旨は理由があり、その余の論旨(量刑不当の主張)について判断するまでもなく、原判決中被告人を有罪とした部分は破棄を免れない。

二  破棄自判について

右のとおりであるから、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決中被告人を有罪とした部分を破棄し、本件については、当審において検察官が予備的に追加した訴因をも考慮すれば、原審ならびに当審において取調べた各証拠により直ちに判決をすることができるものと認められるから、同法四〇〇条但書によりさらに判決することにするが、罪となるべき事実を摘示する前に、本件の訴因に対する証拠上の判断を先ず示すことにする。

本件各公訴事実のうち、昭和五一年四月六日付起訴状(以下単に起訴状という。)記載第一および第三の各賍物故買の点、同年四月三〇日付追起訴状(以下単に追起訴状という)記載第二および第三の各賍物故買の点(ただし原審第二回公判において訴因変更がなされている。)については、当審第一四回公判において検察官から訴因の予備的追加の請求があり、同第一六回公判において当裁判所(ただし公判手続更新前の構成)が右請求を許可しているのであるから、右の本位的訴因ならびに予備的訴因について判断すると、右本位的訴因については、証拠不十分であり犯罪の証明がないというべきであること原判示「無罪部分の理由」ならびに前記控訴趣意第一点についての判断のとおりである。次に、右予備的訴因についてみると、検察官が当審第一四回公判において提出した訴因予備的追加請求書の記載ならびに本件の審理経過からすれば、検察官は、起訴状記載第一の物品のうち一八金台ジルコン付指輪一個、同記載第三の物品のうち一八金台メキシコオパール付指輪および真珠ネックレス各一個、追起訴状記載第二のプラチナ製ネックレス一個、同記載第三のプラチナ台紅水晶付指輪一個およびペンダント二個、以上合計七点の物品につき、これを被告人が昭和五一年二月中旬ころ自宅においてAに対する貸金の担保として預り賍物の寄蔵をした旨の予備的訴因を構成していることが明らかである。しかし、右七点の物品のうち、追起訴状記載第二のネックレス一個については、原判決は一覧表の番号1において被告人の故買の犯行を認めているけれども、その認定が誤りであること前述のとおりであり、証拠物のネックレスがAから被告人の手に渡ったものと断定することはできないから、予備的訴因のうち右ネックレスに関する部分は、犯罪の証明がないことになる。右ネックレスを除くその余の物品六点については、被告人も、予備的訴因どおりの日時、場所において、Aから、Tを介して、Aに対する貸金二万円の担保として預ったものであることを認めており、右六点の物品がいずれも被告人から捜査官に対し任意提出されていること、前記のように、当審においてTが被告人の右供述に添う証言をしていること、右六点の物品はいずれもAが他から窃取したものと認められることなどの諸点をも考え合わせれば、予備的訴因どおりの賍物寄蔵の事実が外形的に認められることは証拠上明らかである。問題は、被告人の知情の点であるが、(イ)各被害届などによれば、右六点の物品(以下本件物品という)は時価合計約六万四〇〇〇円相当のものと認められること、(ロ)被告人の検察官に対する昭和五一年四月一三日付供述調書、当審第七回、第九回各公判における被告人の供述、当審第四回公判における証人Tの証言等によれば、被告人は本件物品を虫めがねで調べてみたりしてから二万円の金を出すことを承諾したものと認められること(右認定に反し、金を渡してから物品を見たとする被告人の司法警察員に対する昭和五一年五月三日付供述調書、原審第一三回公判、当審第一九回公判における被告人の各供述、当審第一八回公判における証人Tの証言は、右各証拠に照らし、いずれも信用することができない。)、(ハ)前記のような「両親がけんかをし、母親が家出をするので、この品物で金を貸してほしい」とのAの話は、その内容自体からしても、またAの母親が実際に家出したことをうかがわせる客観的状況が認められないことからも、甚だ不自然なものであり、にわかに信じ難いものというべきところ、被告人は、Tから右の話を聞き、品物を見たほか、Aの母親とはもう連絡がつかないとか、Aはすでに帰ってしまったというTの言葉を聞いただけで、たやすく金を出すことにしていること、(ニ)被告人は、本件につき昭和五一年三月一七日に逮捕され、以後取調べをうけているのであるが、取調の当初においては、本件物品をAから預ったことを秘し、自衛隊築城基地付近の質屋、熊本市内の骨とう屋、立川駅前の露店など各地で買ったものであると供述し、検察官に対する昭和五一年四月一三日付供述調書、司法警察員に対する同年五月三日付供述調書において初めてAから預ったことを認めたものであること、(ホ)右のようにAから預ったことを秘していた理由につき、被告人は、右各供述調書や原審、当審各公判廷において、TがAと一緒に悪いことをしているのではないかと心配し、また自分の自衛官としての立場も考えたためであると述べていること、(ヘ)前記(ロ)において挙げた各証拠から明らかなように、被告人は、本件物品を確認してから金を出したのか、それとも金を出してから物品を見たのかという点について、捜査段階から当審公判に至るまで供述を変転させており(初め検察官調書では前者だとし、次に司法警察員調書では後者だと述べ、原審第一三回公判でもそれを維持し、当審第七回、第九回公判において前者であると述べ、当審第一九回公判に至って再び後者であるとしている。)、どちらかといえば、品物を見ないうちに金を出したとする傾向がうかがわれるのであるが、本件の貸金が被告人のいうように全く善意の援助行為であるならば、担保物確認の先後にこだわる理由がなく、前記のような供述の変転は奇異の感を免れないこと、(ト)被告人は当審第九回公判において、原審では虫めがねで品物を見たことを否定したが、それはそのことを肯定すれば自分に疑いがかけられると思ったからであると述べており、右は、被告人が品物を検認した際にそれが盗品ではないかとの疑念を抱いていたことを示すものとも考えられること、(チ)当審第九回公判における証人戸上輝雄の証言によれば、被告人方において本件物品は他の品物と特に区別がなされず雑然と保管されていたと認められること、(リ)被告人とAの母との間では、本件の事前にも事後にもなんら挨拶、話し合いなどがなされていないこと、以上のような諸点のほか、被告人方とA方の双方の家庭状況など各証拠により認められる諸般の事情を総合して判断すれば、被告人は、Tを介して、Aから本件物品を預る際、右物品は盗品であるかも知れないことを認識していたものと認めるのが相当である。本件物品につき、Aが他から窃取して来たということは全く知らなかったとする被告人の当審第一六回公判における供述は、右(イ)ないし(リ)の諸点に照らし信用することができない。

以上のような証拠上の判断に基づき当裁判所は、予備的訴因の範囲内において、次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五一年二月中旬ころ、東京都府中市《地番省略》の自宅において、Aから、同人が他から窃取したネックレス等六点(時価合計約六万四〇〇〇円相当)を、それが盗品であるかも知れないことを認識しながら、Tを介し、右Aに対する貸金二万円の担保として預り、もって賍物の寄蔵をしたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の所為は刑法二五六条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑期および罰金額の範囲内で被告人を懲役四月および罰金二万円に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入するが、被告人にはこれまで前科が全くないことなど諸般の情状により刑法二五条一項一号を適用してこの裁判が確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。被告人が右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することにし、主文6項掲記の各押収物件は、本件の賍物であり被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑訴法三四七条一項により、主文6項記載のとおりそれぞれ還付する。原審ならびに当審における訴訟費用のうち主文7項掲記の分について刑訴法一八一条一項本文により被告人に負担させることにする。(一部無罪について)

本件各公訴事実のうち、主文8項に記載した各点については、控訴趣意第一点についての判断において説明したとおり(追起訴状記載の第二―ただし訴因変更を経たもの―は原判決の別紙一覧表番号1に、起訴状記載の第二は右一覧表の番号4に、追起訴状記載の第四は右一覧表の番号6にそれぞれ対応する。)、各公訴事実を認定するにつき証拠が不十分であり、犯罪の証明がないことになる(追起訴状記載第二の点は、予備的訴因の関係でも犯罪の証明がないというべきこと前述のとおりである。)から、刑訴法三三六条後段により無罪の言渡をする。

また、本件起訴状記載の公訴事実第一のうち、一四金ダイヤモンド付指輪および一八金ネックレス各一個を被告人が買受けて賍物故買をしたとの点、同公訴事実第三のうち、プラチナ台ダイヤモンド付指輪一個を被告人が買受けて賍物故買をしたとの点は、原判決がいずれも犯罪の証明がないことに帰するとしているところであり、当裁判所としても、右各物件の所在が不明であることや前記のようにA供述の信用性に相当の疑問があることなどからして、右各事実を認定するにつき証拠が不十分であって犯罪の証明がないことになるものと判断するが、これらはいずれも当裁判所が予備的訴因を採用して有罪とした事実と一罪として起訴された本位的訴因の一部であるから、これらの点については主文において無罪の言渡をしない。

以上の次第であるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高山政一 裁判官 簑原茂廣 千葉裕)

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